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ゆすはら生活

全て自己責任。そこが魅力。山村だからできる職と暮らし。夫婦が見つけた本当の豊かさ。

農業/玉川 歳倍さん

プロフィール
高知市内でサラリーマンを経て、55歳の時にJターン。現在は畜産、園芸などの複合農業を試みながら、限界集落で生計をたてる方法を、自らの生活から実証している。

移住のきっかけから現在まで


もともと高知市でサラリーマンをしていた玉川さん。現在の住まいである奥様のご実家へ戻ってきたのは2011年10月です。移住のきっかけは、さらに遡ること3年前。その頃から、跡取りがいなくなった家に、週末ごとに夫婦で家の掃除や草引きなどに戻ってくる生活をしていました。そのうち、地域の行事にも参加するようになり、地域の方と親しくなり、「こっちへ帰ってきいや」と声をかけてもらうようになったそうです。
また、玉川さんにはもう一つ、ずっと心の中に残っていることがありました。それは、十数年前、梼原町の役場の方たちと「梼原町から若者が流出しないためにはどうしたらよいか」と話したことでした。「田舎が良い、田舎暮らしの豊かさ」を実際に体感するために、どのような生活をしたらよいか。自分が実践してみようという挑戦の気持ちもありました。

山しかないのではなく、宝の山。複合農業という視点。


現在は、畜産(牛の繁殖)と土佐甘とう栽培とシイタケ栽培などで、主な生計をたてています。これらを手掛けようと思ったのにも、自分なりに考えてのことでした。
まず、畜産です。移住に関して調べていくうちに、梼原町は牛を飼うには最強の環境だということに気づきました。ここは人が少ない=住宅が少ないという点に目をつけたのです。牛のたい肥は臭いがあります。牛は発情期になると鳴きます。住宅があれば周りに迷惑をかけますが、住居がないためその心配は無用となります。
また梼原には畜産公社があり、その放牧場で夏の間は母牛を育ててくれる「夏山冬里方式」というシステムがあり、その間は農業ができます。また当初に小牛を購入する導入資金として、町から5年間無利子の補助金が申請できることを知りました。牛を購入し最初の市に出すまで約2年かかりますので大変助かりました。私はあらかじめこのようなシステムがあることを調べたうえで梼原町へ帰って畜産をしようと思ったのです。もう一つ、牛の市場も近いうえ、町に獣医さんが3人もいて、牛が調子が悪いければ、数分で駆けつけてくれます。これも畜産農家にとったら心強い事でした。


牛を預けて空いた時間に「土佐甘とう」の栽培を行っています。この野菜は、数年前から出回ってきた野菜ですが、梼原の気候によく合っています。
またこの地域が残してくれた資源を再利用させて頂いているのがシイタケ栽培です。この辺りは昔からシイタケ栽培が盛んでした。当時は、次の世代のためにコナラやクヌギなどの原木をたくさん植えておりましたが、担い手がいなくなり結局木だけが残っていました。この資源を利用させていただき、シイタケ栽培もおこなっています。
「山しかない」。と言われますが、私からみたら宝の山。大切なのは、それをどのように使うかです。山の宝に感謝して利用させていただいております。

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移住のためのアドバイス

仕事がなければ自分で作る。山の暮らしは考え方次第。


移住を考えられている方にアドバイスは大きく2つ。一つはここで生活をするために、自分から積極的になること。もし無農薬農業をするなら、販売ルートまで視野に入れるなど、責任をもつことが大切。そのためには、地域の方に、いろいろと教えてもらってったり、どのような行政サービスがあるかを調べることが大切です。この町は、土地を探してくれたり家を探してくれたり、協力的なシステムがあります。ただし、やってもらうのではなく、自分がしっかりと心構えをもつことから全ては始まります。
もう一つは地域の文化を大切にすること。ここで暮らしてきた人は長い間その文化を守ってきた人、だからこそ土足で踏み入るのではなく、敬意を持って、触れ合っていただきたいと願っています。この2つが移住成功の秘訣だと思っています。
私がここに移住して良かったことは、奥さんとの過ごす時間が増えたこと。サラリーマン時代は、お互い仕事をしており、夜は残業や飲み会、休日はゴルフやソフトボールに行って…。っと家族と会話する時間がほとんどありませんでした。家族でいろいろな話ができる。それこそが、豊かさだと感じながら過ごしています。


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